本を読む 05 心にいい寓話

老人と海~実は映し鏡のような小説

 この小説も私の血肉になった小説の一つです。ハードボイルド小説の富士山ですね。エベレストではない。短い小説ですので是非読んでいただくとして、文学的な歴史的な背景をいえば、キリスト教的価値観→人文学的価値観→人種と文化の混在した混沌から生まれたアメリカ的価値観から生まれた傑作で、情緒的なものを排しひたすらリアリスティックで非情な情景を追い続けることで、読む物の内面が海のなみにあらわれあぶり出されるような感覚になれます。

 つまり、この小説を通して貴方は老いる事、自然に対する戦い、実存的な悩み、友情について、他人からの批判、生きる事、死ぬ事を問われ続けるのです。

 本来は小説は小さい説なので作者の考えや思いやメッセージを伝えるということが主体でそれまでのヨーロッパ文学を読めばわかると思うのですが、作者の考えや主人公の感情を詳しく描写しますが、この作品は、考えと感情は自分で考えろといわんばかりに排除されています。逆説的にいうと文化的な根っこがなく様々な文化がまざったアメリカにさいた新種の花です。考えを押しつけられても辛いですから。

 ヘミングウエイは幼い頃に母親に女装することを強要されています。それは先になくなってしまった姉の身代わりとしてなんですが、その後に彼はダンディズムに関して探求することになります。そして、第一次世界大戦を経験し、彼と国時代が深い傷を負うなかで彼の小説もその二つのことがテーマになります。しかし、この小説は男性的な老人でありながらそこに女性の姿はなく、ただ人として海と魚と戦い生きる”人”の姿がかかれており、そこには戦争も、価値観の押しつけもなく、宗教も文化もなく、生と死が高らかに歌い上げられます。

 人間の普遍的な部分と価値観の素晴らしさ、われわれがいかに純粋さを失い、まるで厚着した男のように生きてしまっている。そういった余計なものは捨ててもいいんだよとまるで教えてくれるようで、私はそういうメッセージをうけとりました。

 最初は予備知識なしで読んでも文句なしに面白く、背景を知るとさらにこの小説の歴史的価値がわかり、そして年をとってよむと見え方がかわる本当に素敵な小説です。

 多くの芸術家が創作することによって救われたように彼もまた芸術によって救われたのだと思います。そしてその彼が生み出した小説が同じように神経症や、PTSDの人々に救いをいまでも与えていると思うと胸が熱くなります。

 

  • この記事を書いた人

モジャクマシャギー

 アラフォーの精神科勤務医です。自分の外来や診療が円滑になり、利用者さんの治療がスムーズになることを目標にブログを書き始めました。   ですが、いろんな方にもみてもらってやくにたてたら嬉しいです。  病棟業務を中心に児童から認知症、最近はインターネットゲーム依存まで幅広くみています

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