ある三人の男が山登りの話をしていました。その地方で一番難しい山のことになった時です。 一人の男Aはその山のことをすごく簡単だと言いました。頂上からの景色は最高でよかったよ。すごくお勧めすると。もう一人の男Bは真逆の反応で、いやあの山は難しかったよ。結局登れなくて帰ってきた。
こここまで聞いてみなさんはどう思いますか?
多くの人はAのほうが登山能力が高くてBは登山能力に劣っているという印象をもったのじゃないでしょうか。Aのほうが素晴らしい体験をしてBのほうはかわいそうにおもったのじゃないでしょうか?
じつはAは金持ちでヘリで途中まで登って、Bは自宅から歩いてのぼっていたのです。
これは私の障害に対する基本的な考え方です。
いろんな方に話をして様々な反応があるのですが、ヘリで登る金持ちになりたいっていった女の子もいます(笑)
私はBの人生というか山の話を聞きたいですね。私自身も山が好きで庶民なのでヘリで登った山は面白いのかなと思います。
障害やハンデをもって生きるというのは、滑落した後にまた山頂をめざすことをすごい似ていると思います。
山野井泰史(やまのいやすし)さんという方がいて、先鋭的なクライミングをすることで有名なかたです。この方滑落して、普通の人だったらとてももどってこれないような状況で生還して凍傷で指を計10本切断されているんですよね。
この辺は著書と小説「垂直の記憶」とか澤木耕太郎の「凍」を読むとその時のすさまじい状況がわかると思います。
ただ、この人はそこからがすごくて、怪我を治してからまた山に登ろうとするんですよ。それも未踏峰とか、人が登ってないところを登ろうとする。そして登るんです。
これはヘリで登る人の真逆ですよね。
ちなみにエベレストに登るにはすんごいお金がかかります。いや、金ありゃいいわけじゃないですけどね。
病気になって落ち込む気持ちや、失ったと思っている数々のものを嘆く気持ちは本当によくわかるし、落ち込むなよ元気だしていこうぜ!! 強いやつと戦うなんでおらわくわくすっぞ!! なんて言えないですけど、それでも貴方の挑戦が価値がないかというとそうではないよと声を大にして言いたいです。
すくなくとも お金! 遺伝子! 勝利!より友情! 努力! 勝利! がジャンプでは王道であるのは今も変わらない訳ですから すくなくとも私は外来に来る方のなかでは山野井泰史ばりに困難な状況下でなんとか上に登ろうとする人達の事を尊敬します。
対人不安が強いのに、自分を変えるために毎週外来に来る方を尊敬しますし、躁鬱というやっかいなものをコントロールするために勤勉に勉強し自分の記録をつける方や、家族と正面から向き合うことをやめない方、バイトの面接に落とされてもまた面接を受ける方や、いじめや虐待という辛い記憶をしょって社会に向き合う方とか、「すごいな、自分にできるのかなと問いかけながら臨床をしてます。家族の介護を長年淡々とやられてかた。
本当に尊敬します。